考えて生きるということ

20代のサラリーマンが人生に悩んでいます

「ちょっと今から仕事やめてくる」から見る、今の日本の働き方

「ちょっと今から会社を辞めてくる」を見てきた

本日、近くのイオンの映画が安くなっていたので、前から見たかった映画を見てきました。

※リンク先、Youtube動画から音が流れますのでご注意下さい。

www.choi-yame.jp

 

注意! 以降、映画のネタバレが続きますので、ご注意下さい!

 

 

 

 

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【ストーリー】

ブラック企業に勤めている青山(主人公)が、仕事のストレスから逃げるために自殺を企てたところ、偶然居合わせた小学校の頃の同級生を名乗る「ヤマモト」という人物に助けられる。

ヤマモトはニート(フリーター)をしつつ、日々楽しいことを求めて生きているが、その自由さに青山は魅力を感じる。

ヤマモトはその自殺騒動以降、青山の前に現れては遊びや飲みに誘い、青山は次第に元気を取り戻していく。

しかし、青山がインターネットで見つけたブログを見ていた際、ヤマモトは小学校の同級生でもなく、3年前に自殺をし、ニュースになっていたという記事を見つける。

青山はヤマモトの正体を問いただすことができぬまま日々が流れるが、上司の必要以上の恫喝や、先輩社員からの手柄の横取りなどをされ、再び鬱気味となる。

 

2度目の自殺を考えついた時、青山はヤマモトから「自分の人生は自分と、自分のことを大切に想ってくれる人のためにある」と伝え、疎遠だった家族のもとに一度戻る事を伝える。

青山の母は「生きている限り幸せな事はある、仕事なんていくらだって代わりがある。」と告げ、青山は仕事を辞める決心をする。

 

青山はヤマモトを職場近くの喫茶店に呼び、「ちょっと今から仕事やめてくる」と伝え、実際に仕事をやめる。

ストレスから開放された青山は喜々としてヤマモトの待つ喫茶店に向かうが、すでにヤマモトは消えていた。

 

【以後、映画版オリジナルストーリー】

青山はヤマモトの生まれの地、孤児院を訪れて当時の先生とヤマモトについての話を聞く。

その会話の中で、青山はヤマモトには双子の兄弟がいたことを知る。

3年前に自殺を図ったのはヤマモトの双子の兄であり、彼ら兄弟は2人でバヌアツ共和国で教師・医者として、それぞれ自分たちのように親を失った子供たちに笑顔を届ける仕事をすることが夢だった事を聞く。

 

しかし、ヤマモトは兄を失ったショックから、自分が教師としてバヌアツ共和国に行くという夢があったことを見失い、フリーターをしていた。

そんな時、青山の自殺をしそうな表情を駅の改札で見た時に、双子の兄の顔が重なり、なんとしても助けたいという思いから度々青山の前に姿を表し、青山を元気づけていたようだった。

青山を元気づける中で、自分にも「バヌアツ共和国で教師をする」という夢があったことを取り戻し、ヤマモトはつい先日、青山のように孤児院へ訪れて日本を旅立つ決心をしたことを先生に伝えていた。

 

先生は青山に1枚の写真を渡し、その写真の裏には「お前もバヌアツに来ないか」と書かれたヤマモトからのメッセージを受け取る。

青山もヤマモトを追ってバヌアツに訪れ、都会の喧騒とは全く異なる地で、子供たちのためにボランティアから始める、という人生を2人で選んだ。

Island

 

青山が会社を辞められない理由

この映画、インターネットでの評価を見ると、★3.5/ 5 という厳し目の評価をされていることに気付きます。(Filmarks情報)

しかし、実際に見てみると、なかなかどうして悪くはありません。

評価が下がっている理由は2点あるようです。

 

①原作とエンディングが異なる。

→映画版では青山の退職後、ヤマモトはバヌアツで教師をするが、小説(原作)ではヤマモトは元々臨床心理士で、青山も退職後にヤマモトと同じく心理カウンセラーとして同じ病院に配属になったというエンディングだった。

こちらのほうが現実的で、より「人の心を救いたい」という目的に沿った行動のように感じる読者が多かった。

 

ブラック企業で労働をした事ない人は、青山の労働環境が想像できない。

→青山の労働環境が想像できるか否かで、感情移入できる度合いが異なる。

一度もこのような環境で働いた事がなければ、「辛いならすぐに辞めればいいのに」で、映画を見る必要もなく終わってしまう。

辞めたいけれど、辞めたら更に状況は悪くなるだろうから、今は耐えるしかない」と思う人の状況が理解できない。

今の苦難に立ち向かえなければ、今後再就職先も見つからずにもっと悪くなるだろう。それなら死ぬしかない」という結論になる事を、ほんの少しでも共感できなければならない。

 

以上のように、原作を読んでおらず、ブラック企業(ぎみ)の労働環境で働いたことがある人は、恐らく楽しめるであろう内容でした。

青山は1993年生まれで、まさに失われた20年世代、ゆとり教育世代です。

失われた20年世代は、日本から出ていない限り、経済成長があった事を知らない世代であり、「どれだけ努力をしても今よりも良くなることはない」という、ある種の学習性無気力感のようなモノを根底に持っていると言われています。

また、ゆとり世代ということも相まって、団塊の世代・バブル世代からは「これだから最近の若いものは・・・」と言われ続けてきた世代でもあるため、非常に自尊心が低く、「正社員ですらやっと届いた居場所」と思っている人が本当に多いんです。

Think

 

劇中でも、青山は難航した就職活動の中、やっと見つけた会社であったということを語っています。

このように、どれだけ劣悪な環境であっても、正社員というやっと手に入れた環境だからこそ、「これ以上良い環境は望めそうにない」という排水の陣にも似た思いを持ってしまっていたのです。

Work

 

映画が映し出す、「就職活動」という企業のためのプロパガンダ

日本は青山と同じように、高校・大学卒業後、ほぼ100%の人が就職活動をして、企業の正社員を目指します。

就活の勝ち組と言われる層はCore30のような大手企業に務め、負け組と言われる層はアルバイトを継続したり、非正規雇用となります。

そして、一度企業に正社員として雇われた人は、「そこで何としても勤め上げる」という意識が強くなってしまうのです。

 

劇中でも青山の会社では、そのような意識を強めるために、以下のような「辞めない(逃げない)事を推奨するような社訓」を毎日読み上げさせられます。

このような会社のシステムが、「今の会社(環境)で頑張れないのは、自分がいけないからだ」という負のスパイラルに導くのです。

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しかし、こんなに新卒採用に強いこだわりを持ち、一回目の就職が人生を左右するような決定になってしまっているのは、世界中を見れば日本や韓国ぐらいなのです。

例えばドイツなどでは、大学卒業後、何年か様々な仕事を経験した後、自分に適職だと思える仕事を比較する中から選びます。

そして企業も、自分の適性をある程度の経験の中から判断したと思える人を、何歳でも受け入れる風土ができています。

ドイツだけでなく、アメリカなどでも、1つの企業で勤め上げる人は稀であり、日本のように40年終身雇用という制度はほとんどありません。

 

日本も高度経済成長期は今のような就労スタイルが一般的で、同時に最も効率的であったため、大学生は良い大学に入り、良い企業に入ることが目的でしたが、今は大手企業でもリストラや、年収の大幅な下落がある時代です。

そんな中で、もう一度世界を見回してみると、「インターネットなどを通して自分自身で価値を発信し独立している人が最も効率的」というのが現在の世の中なのに、そんな世の中でも、未だに就活という儀式だけは、行動経済成長期と同じようにできあがっています。

 

インターネットの普及で働き方が多様化し、個人が強くなり、会社という集合体の維持が難しくなってきたのに、未だに勝ち組というあり方は会社員勤めなのです。

だからこそ、日本は未だにブラック企業ですら辞めないで努力をし続ける人がいるんです。

 

この映画を見て考えるべき問題は、「なぜ青山はヤマモトがいなければ仕事を辞めるという選択すらできなかったのか」ということにあります。

そして、これを解決するために考えるべきは、「ブラック企業の労働環境の是正はどうやったらできるのか」ではなく、「新卒一括採用で入った企業以外に人生の選択肢がないように煽る、就活プロパガンダからの洗脳をどう解くのか」にあるように感じました。

 

もっと根本的に考えれば、「ブラック企業に勤めてしまった時に、すぐに辞めて逃げる事ができる選択肢を、今の社会が提供できているのか」ということ。

そして、「今の日本にはアルバイトなどもあるし、逃げても今の日本ではそう簡単に死なないから、あなたは一度休んでもう一度歩みだせばいい」という、考えの自由度を社会全体のシステムとして提供できているのかという問題提起なのです。

 

もちろん、それができていないから、現代の日本では「落ちて這い上がれない社会の中で生きるぐらいなら、死ねばいい」と思ってしまうのです。

down

 

映画版のオリジナリティは青山とヤマモトを更に救済した

原作のファンは映画版を見て失望したことでしょう

原作では、青山が立ち直り、ヤマモトと同じように臨床心理士としてこれから多くの人を救っていくであろうラストに感動したはずです。

しかし映画版では、青山もヤマモトをバヌアツという「どこそれ?」な国で、「お金っていう概念あるの?」ぐらいの文化進度で暮らすことを選択しています。

「どうしてバヌアツ共和国なの?」ということについて納得できなかった人は多かったでしょうし、ついていけなかった人も沢山いたはずです。

Erakor Beach, Efate, Vanuatu, 2 June 2006

 

完全に想像ですが、それは監督が「あなたはこの世界じゃないと生きていけない・・・なんてことはないよ」という事を伝えたかったからだと思います。

原作では話の整合性と、読者への受け入れ安さの点から、日本で青山とヤマモトが新たな一歩を歩むことをストーリーの最後にしました。

 

しかし、心理カウンセラーになった原作版の青山は今までと同じようにもう一度学生から社会人になっただけです。

この設定では、恐らくもっと広い世界に2人が旅立つという映画版のコンセプトとは食い違ってくる部分があったのでしょう。

 

だからこそ、映画版ではヤマモトの設定は臨床心理士ではなくて、元ニート(フリーター)になっていましたし、ラストでは「他に日本人はいないのではないか」という環境に2人を置き去りにし、「どんな環境でも人は生きていける」という事を伝えたかったのだと思います。

 

 

映画版の「ちょっと今から仕事やめてくる」では、原作よりストーリーは荒くなっています。

孤児院を訪れてからのストーリーに沢山の矛盾は残ります。

しかし、原作版より広い世界を、もっと自由度のある生き方を観客に提供したかったのです。

 

僕はいい作品だなと思いました。

今の環境に納得がいかない人、一度でも「辞めたいけれど辞められない、死にたい」と思ったことがある人はみて下さい。

The free flight