考えて生きるということ

20代のサラリーマンが人生に悩んでいます

一貫性と断片と

一貫性を求められる社会と、断片を求める自分

 今更ながら、ノルウェイの森という映画を見ました。

ご存知、村上春樹氏の大ベストセラーで、世界中で1000万部も売れたそうです。

大学生がまぁ、自他楽な恋に落ちるというストーリーであるのですが、今の僕にはとにかく美しく写りました。

ノルウェイの森

ノルウェイの森

 

映画や小説の世界というのは、すべからくどこか叙情的で、例え落ちている木々にさえ意味を見出してしまうような情景描写が魅力的で、現実の世界とは違います。

ノルウェイの森でも、主人公が発する一言一言や、重ねる指先一つに意味があるように映っていますし、実際に意味があると思います。

ノルウェイの森は小説が優秀だったために、映画版のインターネット等での評価はあまり良くなかったようですが、私は村上春樹氏の世界観を一瞬切り取るという目的であれば、十分にその映像化に意味はあったように思います。

ハルキストではありませんが、村上春樹氏の作品は大好きで高校生や大学生の時に沢山読みましたので、「これはこれでアリ」と思っています。

Air Chrysalis

 

一方で、現実の世界はどうでしょうか。 

社会人になって、求められる言葉はいつも「一貫性」や、「合理性」になった気がしています。

たった一瞬を切り取って誰かを評価するようなことはありませんし、たった一瞬、誰よりも輝くような生き方を肯定する人もいません。

「それをやった理由はなぜ?」

「それはどうして選択すべきことだったの?」 と、ひたすら問われ続けるのです。

 

人間、そんなに多くの事が合理的で「やるべき理由」があってはじめてやることばかりなのでしょうか。

例えばいい天気だったから恋人にケーキを買っていくとか、なんとなく学校を休むとか、意味もなく誰かに会ってみるとか。

そういう事が人生の楽しみであったり、新しい「気付き」を与えてくれるような気がしています。

本当に意味のあることというのは、ある日突然、「今までの自分を捨てよう」と思えるような、そんな瞬間にあるのではないかと本気で思っているのです。

 

社会はすべからく真っ当であり、暴力的である

そういった点で、社会というのは「合理性」や「妥当性」を求めるあまり、一貫性がない人を排除するように感じています。

一方で、自分においては、「後先考えずに、今この一瞬を切り取った時にいかに美しく、文学的にあるか」という事を求めているように感じました。

だからこそ、「昨日までの自分がある日突然かわってしまうこと」を、僕自信は良しとしていますが、社会的に生きていくためには「良しとしない生き方」が美徳とされるのでしょう。

道はいつまでも真っ直ぐではないのに。

Road

 

今の社会は、一瞬でも道を外れてしまった人は、戻るのが難しいと思っています。

また、一瞬でも道を外れてしまった人のことを、周りの人は「哀れな人」だとか「かわいそうな人」だとか思っています。

 

でも、本当に価値があることというのは、道を踏み外さない事を良しとしている社会だからこそ、道を踏み外したその一瞬にあるはずです。

踏み外した世界というのは、合理性を求めて、一貫性のある人生を送ってきた人が、手に入れたくても手に入らない世界です。

でも、そういう人は、羨ましいと思っていても、「羨ましい」とは言葉に出さないでしょう。

だって、真っ直ぐに、何の落ち度も無く生きてきた自分を、どこかで否定することになるから。

自由な生き方というのは、認めるまでに大変な労力や苦労がいるわけです。

 

話を戻します。

ノルウェイの森」の主人公も含め、小説の主人公というのは、どの主人公も得てして一貫性無く生きています。

いつだって主人公は「楽しいと思っていることに愚直な人であり、結果として魅力的である」ためです。

辛いことにただ耐え忍んで我慢する人は、物語の主人公にはなりません。

ほんの些細な抵抗でもみせるから、それが画になるのです。

Walk

 

 

僕はただ断片だけを切り取って、素敵だと言われるような大人になりたいのです。

例えば無職であっても、タバコを吸っている横顔や、お酒を飲んでいるその瞬間に人生の全てが詰まっているような、そういう大人になりたいのです。

いつだって人生の主人公は、自分でいたいのです。

 

社会に出ると、一貫性を求めるあまり、仕事の目的や、「誰のため」という事をひたすら問われます。

そして、誰のためと聞かれた時に「自分のため」と答えるような人は求めていないのです。

「お客様のため」と答える人が正解なのでしょう。

でも、自分の行いや、自分の向き合っているものが、心の底から他人のためならば、それは他人の人生なのではないでしょうか。

自分の追い求めているものを実現する事が自分のためなのではないでしょうか・

 

物語の主人公は、自分のために世界を変えます。

今誰かが思い描いている世界より、自分の心の中にある世界を実現したほうが良いと信じているからです。

社会の求めるもののために、自分を変えるような生き方ではなく、主人公はいつだって自分のために、社会を変えるような生き方をしてほしいと思っています。

 

これを読んでくださった方が、すべからく主人公でありますように。